大判例

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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)909号 判決

控訴人

財団法人労働衛生会館

右代表者理事

山元春次

右訴訟代理人

高橋勝好

被控訴人

社会保険診療報酬支払基金

右代表者理事長

柳瀬孝吉

右訴訟代理人幹事長

藤間正夫

右訴訟代理人

横大路俊一

右指定代理人

玉田勝也

平野信博

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一〈省略〉

二本件に関する法令上の制度、行政解釈についての当裁判所の事実の確定及び法律判断は、次のとおり付加、訂正、削除するほか、原判決理由第一の二、三と同様であるから、その説示(原判決五枚目表末行目から一三枚目表八行目まで)を引用する。

1  原判決五枚目裏七行目の「診療」を「診察」と、八枚目表六行目の「第五項、第六」を「第四ないし第六」と、同裏一〇行目の「保険組合、」を「保険組合又は」とそれぞれ改め、同末行目冒頭の「等」を削り、九枚目裏四行目の「一項」を「一、二項」と改め、一〇枚目裏八行目の「おおむね、」の次に「基準として、」を、同一〇行目の「限度」の次に「とする。」をそれぞれ加え、同一〇、一一行目の「、以上の基準による。」を削り、一二枚目表三行目の「乙第一号証」を「乙第二号証」と改める。

2  原判決一二枚目表六行目から同一〇行目の「あるとし、」までを次のとおり改める。

「審査の原則に関することとして、「審査委員会における審査は、いずれの診療報酬点数表により診療報酬額を算定する場合でも、保険医療機関等から提出された診療報酬請求明細書に記載されている事項につき、書面審査を基調として、その診療内容が療養担当規則に定めるところに合致しているかどうか、その請求点数が健康保険法の規定による療養に要する費用の額の算定方法に照らし、誤りがないかどうかを検討し、もつて適正な診療報酬額を審査算定すること。」等とし、」

3  原判決一二枚目裏八行目、一三枚目表七行目の各「あること。」の次にいずれも「等」を加える。

三被控訴人の診療報酬の請求に対する審査方法及び手続

前記二に述べたところと〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

1  保険医療機関は、療養の給付をしたときは、前記「保険医療機関及び保険薬局の療養の給付に関する費用の請求に関する省令」に基づき、被控訴人の当該事務所に対し、診療報酬請求書及び診療報酬請求明細書を各月分について翌月一〇日までに提出する。当該事務所は、右請求書及び請求明細書を受領したときは、診療報酬総括票を整え、受付印を押捺して受理し、当該保険医療機関が提出したことを確認し、かつ、右請求書及び請求明細書について形式上の不備の有無の点検を行つたうえ、これらを審査委員会に提出して審査に付する(被控訴人昭和三九年七月七日制定の業務規程(以下「業務規程」という。)第五ないし第八条)。次いで、審査が終了したときは、当該事務所は、右請求書により診療報酬総括票に所要事項を記入し、保険医療機関別の支払額を算出したうえ(業務規程第一一ないし第一三条)、所定の手続を経て、保険医療機関に対し支払の手続をとる(業務規程第一四ないし第一九条)。

2  この間、審査委員会は、提出された右請求書を審査するが(基金法第一三条第一項第三号、審査委員会規程第四条)、その審査は療養担当規則及び前記「診療報酬の請求に関する審査について」と題する厚生省保険局長通牒に準拠して実施をする。審査委員は、一人一件ずつを逐次審査し、請求に誤りがあるときは、当該請求明細書に増減点を記入する。審査委員会は、計算及び内容について格別疑義のないものについては、そのまま容認し、疑義のあるときは、電話、文書による照会又は面談をして調整解決し、ときに審査委員会が審議決定する場合もあり、更に、審査委員会の中に事実上の制度として設けられ、かつ審査委員の一部で構成される疑義処理委員会が処理する場合もある。

3  以上のようにして、最終的に審査委員会における審査が終了したときは、当該事務所は、これに基づき、計数の整理をし、増減点の措置を要するものについては、保険医療機関に対して増減点の通知をする。元来、増減点通知制度は存在しなかつたが、被控訴人が一方的に請求額を減点することについて保険医療機関側からの不満があつたので、被控訴人は、便宜、減点通知制度を採用した。しかし、被控訴人の都道府県の各事務所により、その実施の有無、範囲等について著しい相違があつたので、昭和三二年八月二八日付「減点通知実施について」と題する通牒をもつて各事務所が一律に同一の方法、範囲で、これを実施することとし、業務規程第一〇条に明文の関係規定を設けた。右通牒によれば、診療内容の審査結果に基づく減点については、査定の対象となつた患者毎に管掌別、患者名、減点、事由を記載すること、その記載は一定の記号をもつてすること、減点通知は、増減点通知書と題する書面をもつて右通牒の定める要領に従つてすること、増減点事由としては、診療給付についての不適応、過剰、重複、請求点数の計算上の過誤等を記載することが定められている。そして、保険医療機関が減点通知書を受領し、減点について不服であるときは、その不服は電話、文書による照会、面談によつて調整解決され、また、疑義処理委員会に対する不服申立の方法によつて処理される場合もある。

4  ところで、控訴人の本件診療報酬の請求に対する審査、これに基づく本件減点査定及びその減点通知については、右1ないし3に述べたとおりの方法、手続によりされた。

右のような事実が認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

四審査委員会の審査と診療報酬請求権

1  以上述べたところと健康保険法第四三条の九、基金法第一条、第一三条の各規定の趣旨を総合して考察すれば、被控訴人は、保険者から診療報酬の請求に対する審査及び支払を委託されて、これを担当するものであり、その審査は診療報酬の迅速適正な支払を達成するためにされるものであることが明らかである。そして、療養担当規則には保険医療機関のする療養の給付の具体的方針、範囲が定められていること、基金法第一四条には、被控訴人の審査委員会は診療担当者を代表する者、保険者を代表する者、学識経験者により構成されることが定められていること等からみて、被控訴人の審査委員会のする審査は、診療報酬の請求について請求点数の誤算があるかどうか等の単なる事務処理に類する形式的審査にとどまらず、療養担当規則に照らし、医学的専門的見地からみて右請求が適正妥当であるかどうか等の実質的審査にも及ぶものというべきである。

ところで、以上述べたところによれば、被控訴人の審査委員会のする審査は、保険医療機関からの診療報酬の請求から支払に至る手続の中間段階において適正な診療報酬支払額を確認する限度で、当該診療報酬請求額の存否を点検、確認する措置にとどまるものというべきである。したがつて、右審査により、右請求権自体の増減が確定されるもみではなく、右請求権が正当なものである限り、審査委員会における減点査定により、その存否自体に消長を来すものではなく、同減点査定はいわゆる不利益処分にも当たらないと解すべきである(最高裁判所昭和五二年(行ツ)第六九号昭和五三年四月四日第三小法廷判決・判例時報八八七号五八頁参照)。

なお被控訴人が審査の結果に基づいてする増減点の通知は、すでに述べたとおり、これを必要とする明文の規定がなく、被控訴人の通牒、業務規程に基づき、被控訴人と保険医療機関との間において診療内容及び診療報酬額についての確認のため、便宜的にされる措置にすぎないから、これによつて、当該診療報酬請求権に消長を来たすものでないことは、すでに述べたところと同様である。

2  控訴人は、本件診療報酬の請求についての被控訴人の審査及びこれに基づく本件減点査定が審査権の濫用であつて、違法である旨、種々、主張するので、順次、判断する。

(一)  まず、控訴人は、療養担当規則は抽象的規定であつて、療養の給付についての一応の基準を示すものにすぎず、診療報酬の請求についての実質的審査の基準とすることができないから、同規則を基準としてされた本件診療報酬の請求についての審査及びこれに基づく本件減点査定は違法である旨主張し、右審査が同規則を準則としてされたものであることはすでに述べたとおりである。しかし、すでに判示したところと〈証拠〉を総合すれば、同規則の定めるところは、臨床医学上の基本的修練を経て保険医に指定されている診療担当者に対しては、具体性を欠くものとはいえないことが認められるから、この点において、右審査及びこれに基づく本件減点査定が違法であるとはいえないというべきである。

(二)  次に、控訴人は、被控訴人が控訴人に対し過去において減点査定をほとんど行わず、また、国民健康保険団体連合会が行つている診療報酬の支払について減点査定が全く行われていないことからみても、本件減点査定は違法である旨主張する。そして、原審における控訴人代表者尋問の結果によれば、被控訴人が本件減点査定以前においては控訴人に対し、本件減点査定よりも、かなり低率の減点査定をしていたことが認められるが、右認定の事実をもつて、直ちに本件減点査定が違法であるといえないことは明らかである。また、国民健康保険団体連合会における診療報酬の支払について控訴人の主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(三)  次に、控訴人は、本件減点査定が基金法第一四条の三第一項所定の手続を履践せず、かつ、その理由を示さないから、違法である旨主張する。しかし、右法条の文言に照らし、被控訴人側においては右手続を履践しないで本件減点査定をしうることが明らかであり、また、本件減点査定が不利益処分には当たらないことはすでに述べたとおりであり、本件減点査定についてその理由を控訴人に示さなければならない法律上の根拠はない。のみならず、すでに判示したとおり、被控訴人は、便宜上、減点通知制度を採用しているところから、控訴人に対し、本件減点査定について増減点通知書と題する書面をもつて減点の事由を通知しているのである。したがつて、控訴人の右主張は失当であるといわざるをえない。

(四)  次に、控訴人は、被控訴人の東京事務所の審査委員会が診療担当者に対して問合せをせず、また、診療録等の資料を検討せずに本件診療報酬の請求について実質的審査をし、本件減点査定をしたことは、医師法第二〇条の精神に反し、違法である旨主張し、すでに述べたとおり、右審査は療養担当規則を準則として療養の給付がこれに適合するかどうかを決定するについて診療内容をも対象としたものである。しかし、審査が、診療行為の対価である診療報酬額の適正な算定のため、診療内容を点検することは当然のことであり、また、審査は、現行の法制上、治療行為には当たらず、かつ、治療行為の是正、指導を直接の目的とするものではないと解されるから、右審査は右法条が規定する無診療治療の禁止の法意に反しないものというべきである。

(五)  次に、控訴人は、本件減点査定は特定の政党を退治することを目的としてされたから、許されないものである旨主張する。しかし、すでに述べたところによれば、本件減点査定は、控訴人の本件診療報酬の請求について診療報酬額の適正な算定を目的としてされたものであり、それ以上の他意はなかつたとみるのが相当である。のみならず、本件減点査定が特定の政党を弾圧する意図のもとにされたと目しうる事実を認めるに足りる証拠はない。

(六)  その他被控訴人の審査権の行使が権利の濫用であると目しうる事実を認めるに足りる証拠はない。したがつて、控訴人の審査権の濫用に関する前記主張は採用することができない。

3  更に、控訴人は、本件減点査定が基金法第一四条の四所定の診療報酬の支払の一時差止めに当たる旨主張する。しかし、右法条は、その文言自体から明らかなように、診療担当者が同法第一四条の三第一項所定の審査委員会の要求に応じないときに、被控訴人が右要求の実現を間接的に確保するため、診療報酬の支払を一時差し止めることができる旨を定めたにすぎず、また、同法第一四条の三第一項、同条の四の各規定の文言に照らし、被控訴人側において右各規定の手続を履践しないが減点査定をすることができることは明らかである。そして、すでに述べたところによれば、本件減点査定は、被控訴人の東京事務所の審査委員会が控訴人の本件診療報酬の請求について審査した結果、減点の措置を要するとして行つたものであつて、単に診療報酬の支払を一時差し止めたものではないことが明らかである。したがつて、控訴人の右主張は採用することができない。〈以下、省略〉

(枡田文郎 山田忠治 佐藤栄一)

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